ここ数日、ちょっと遠出している。大満足の末の帰路、飛行機の欠航により思いがけず空港に足止めされ、時間があるので先日観た映画のレビューを書こうと思う。
ある週末の1日。
女性が主役で、笑えて、テンポがいい。
そういう映画を無造作に選んで、続けて見ていた。
そうして画面をぼんやり眺めていたら、アルゴリズムが流れで提案してきたのが『アイデア・オブ・ユー』でした。
なんとなく再生した。
これが、思いがけず刺さった!
40代のシングルマザーと20代のポップスターの恋
この説明だけ聞くと、ありがちな恋愛映画のように聞こえる。
大きくは違わないんだけど、でもそうではない部分もあり、思いのほか楽しめた。
恋愛の甘さより先に、主人公ソレイユの「生活」や「内側」にフォーカスしている時間が長い。彼女がどんな人生を生きてきたのか、どんな悩みを抱えていて、何に困っているのか。
劇的な事件があるわけではない。
ただ、年相応に、普通に、粛々と暮らしている。
それは本当にどこにでもいる40台女性のありのままの姿だった。
もう歳だから。
子供がいるから。
仕事が忙しいから。
世間体があるから。
だれもが思ったことがあるだろう、この言い訳のようなセリフ。
わたしもなにかにつけてこのセリフを免罪符にしていろんなことを諦めたり、逃げたりしてきた。
えらいもんで、人のことだと普段は見えないものが見える。
自分ではそうとは自覚せずに同様の選択をしてきているのだと、主人公のソレイユをみて、感じた。
こうやって「現役でいること」を、私たちは自分で手放して生きているのだ。
誰かに取り上げられたわけじゃなくて、じわじわと、気づいたら、自分から。でもそれを「大人だから」と、蓋をして生きている。
ときめくこと、欲しがること、自分のために何かを選ぶこと。
そういうのが全部、いつのまにか「私には似合わない」にすり替わっていくのをわたしもあらためて認識した。
歳を重ねたことで手に入れた魅力だって、あるはずなのに。誰かに認めてほしいと思いながら、一番信じていないのが自分自身だったりする。
ソレイユが別れを決意する
世間体があるから、子供の気持ちを優先したいから、というもっともらしい理由を並べている。みているこっちも「そうだよね」と共感してしまう。作中でも誰も彼女の決断を責めない。
でも、本当のことを言えば。
年齢差が、自分の「老い」をくっきりと映し出す鏡になっていたんだと思う。
年若い彼のそばで、彼と同年代の仲間や友人に囲まれ、自分の老いを必要以上に感じるソレイユ。
彼の愛が本物であればあるほど、「なぜ彼は私を選んだんだろう」という気持ちが膨らんでいく。
妙齢の女性ならほぼ100%共感するのではないかと思うこのくだり。
「私じゃない方が彼は幸せになるんじゃないか」
「若い子の方が似合っているんではないか」
「周りに似合ってないと思われているんではないか」
劣等感や疎外感を感じる場面だが、実はこう感じているのは「思い込み」だと思いませんか?
世間の目線を怖がっているように見えるけれど、世間の目に自分がどう映っているかが怖かった。つまり、自分が自分を怖がっているという状況なんです。
そう考えると、彼との別れを選んだ理由は「彼を信じられなかった」んじゃなくて、「彼に愛される自分」を、信じられなかったのではないかと思います。
いろいろ理由は並べて入るけれど、結局は、自分自身の問題だったということです。
この映画で何が一番響いたのか
もちろん、アン・ハサウェイです。
キャットウーマン、ファンティーヌ、マイ・インターンのジュールズ。どこにいても光が集まる人、という印象がずっとあった。正直、きれいすぎて雲の上の人だった。憧れるけど、自分とは別の世界の人。
少なくとも私にはそう見えていました。
それがこの映画では、ボサボサの髪に化粧っ気のない顔で、子育てと仕事に追われる普通の女性を演じている。
日によってはちょっとやつれていたりもする。
キラキラした女優が、たぶん見せたくないはずの顔を、ちゃんと見せている。地味で、ネガティブで、劣等感を抱えていて。そんな「普通の女性」を、彼女は丁寧に、正直に演じた。これがとっても好感が持てる。
スクリーンの中に、私と同じような女性がいた。これが共感を誘わないわけがないですよね。
そう思った瞬間、この映画が一気に好きになった。
ひとつだけ正直に言うと
見ながらずっと「でもひとめぼれされるポテンシャルはあったんでしょ」と思っていた。アン・ハサウェイだし、そりゃそうだよ、と。
でもそれでも、彼女は苦しんでいた。揺れていた。「こんな私が」と縮こまって、世間の目線に傷ついて、娘や彼の未来のことを考えて自分を後回しにした。
ポテンシャルがあっても、苦しいものは苦しい。
どんな容姿であっても、どんなに地位があっても、お金を持っていても、ままならないものはあるし、悲しいことも起こりうる。
結局、誰もが同じように悩みを抱えているということです。
若く成功したロックスターの彼だって、一度はソレイユに振られているではないか。
「わたしなんかが輝けるはずない」
って話よりも、
「わたしでも輝けるかもしれない」
って考えた方が、未来は絶対に明るく輝く気がする。
苦しい時って、自分だけが苦しいって思いがちだけど、みんな苦しんでるって考えたら少し気が楽になりますよね笑
そんなマインドを持ちたいものです。
で、見終わってぼんやり思ったのだけど。
ソレイユは一度は彼の手を離してしまったけど、それを選んだのは彼女自身。そしてその決断によって傷ついたのも彼女自身。しかもその決断によって無駄に彼のことも傷つけてしまっている。
誰かに奪われたわけでも、どうしようもない事情があったわけでもなく、もっともらしい理由をつけて自分から大切なものを手放して、それをひとりで嘆いているとしたら、ちょっと自分が可哀想かもしれない。
なんだったら、とても自己中心的な思考と取られても仕方がない。
責めてるんじゃなくて、私自身のことも含めて、そう思った。
まだ間に合う気がする。
自分を大切にする選択をできる自分でありたい。
思いがけず、いい映画だった。
2026年には『プラダを着た悪魔2』も公開されるらしい。またあのキラキラしたアン・ハサウェイが見られるのは素直に楽しみ。どんな姿でも、アンはかわいい。
でも、この映画の“くすんだ”アン・ハサウェイも忘れられないだろうな。
わたしもむだに手放したものがたくさんある気がするな。
なんて、もんもんしましたとさ。
今日の記事はここまで。
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