山形県庄内(鶴岡市・酒田市)での空き家再生・活用。補助金・節税のアドバイスをする空き家のお医者さん

「男の子なのに女の子みたい」って何が問題?言葉の違和感を深掘りしてみた

男らしい。女らしい。
最近はこんなフレーズも差別用語と認識されたりもするようだ。
今日はこの言葉を、差別とは違う角度から深掘りしてみようと思う。

「勝ち」「負け」ってそんなに大事?

先日、知人数人とランチをした。

話題は、もっぱら子供のはなし。
お互いの子供同士を早く引き合わせたい、というものだった。

友人の娘、あんなちゃん(仮名)と、別の友人の息子二人。長男がはやとくん(仮名)、次男がかけるくん(仮名)。

あんなちゃんとはやとくんは同じ年。
でも性格は全然違う。

活発で元気なあんなちゃんに対して、
はやとくんは大人しくてやさしい。
コロナ以降、会う機会がないままそれぞれが育っている。
もし今会わせたら・・・

きっと、はやとくんはあんなちゃんに負けちゃうんじゃないか。
あんなちゃんは小さい頃から体も大きく活発で男の子みたいだし、隼人くんは体も小さく、おっとりしていて、女の子のようにおとなしいらしい。
でも、隼人くんの弟のかけるくんなら、あんなちゃんに勝てるか、対等に遊べるんじゃないか。はやとくんにくらべてきかんぼうでやんちゃで、ザ、男の子という感じなのだそう。

そんな話で親同士は盛り上がっている。

もちろん、けんかの勝ち負けじゃない。
どっちが主導でおしゃべりや遊びを楽しむか、という意味の「勝ち」「負け」だった。

子供の頃って女の子の方が成長が早いから、(あんなちゃんがはやとくんに勝てるのは)今だけだよ〜笑
その場は笑って終わった。

でも私は、そこで全く口を挟めなかった。

二人が言っている、男らしさ、女らしさって、なんだ?
小さいころから大人になるまで、そして大人になっても。
どうして私たちは、そんな言葉を当たり前みたいに使うんだろう。
そんなことで頭がいっぱいだった。

人格の「採点」

ここで私が引っかかったのは、男らしさ、女らしさで「採点」されているような感覚があったからだ。

たとえば、活発な子がいる。
おだやかな子もいる。
それはただの違いであって、本来、どちらが上でも下でもない。

なのに、性別の言葉が混ざった瞬間、なにか違和感がある。

活発な女の子は、男の子より男らしい
おだやかな男の子は、男らしくない

そんなふうに人格を採点されているような気がして妙にもやもやした。
男らしいとか、女らしいってなんだ?

ごく自然に、悪意なく。
誰もが使っているフレーズではある。
でも、このときはなぜかとても不快な言葉のように感じてしまった自分がいた。

家に帰ってもこのもやもやは解消されず、深掘りして考えたいと思った。
子供心から何度も何度も聞いてきた言葉が、急に意味がわからなくなった気がして、軽い「アハ体験」だろうか?とふと考えた。

男らしさと女らしさ

はやとくんは、おっとりしていてやさしい。
あんなちゃんは、体も大きくて活発。

本当はそれだけで成立しているのに、

男の子なのに女の子みたい
女の子なのに男の子みたい

みたいな言い方は、性格を見ているようで、実は違う。
意図せず、性別の基準で見比べてしまっている。

しかも、男らしさとか女らしさって、結局なに?

私は、これを「生まれつきの性質」だとは思っていない。
むしろ、社会が長い時間をかけて作った“期待”だと思う。

男らしさには、男に求められがちなテンプレがある。
強い、決断が早い、弱音を吐かない、引っ張る、稼ぐ、守る。
女らしさにも、女に求められがちなテンプレがある。
やわらかい、気配り、控えめ、感じよくする、支える、波風を立てない。

こうして並べると、わかりやすい。
これは「性格の説明」というより、「こうしてほしい」に近いとおもいませんか?

だから、評価の軸がすり替わる。
活発な女の子が「男らしい」と言われ、
おっとりした男の子が「男らしくない」と言われる。

本人の気質の話ではなく、期待のテンプレに当てはめた採点になってしまう。

この採点が性別にあっていて、高得点なほど、人として整って見える。
でも整うのは、社会や親の都合であって、本人の心や気質じゃない。

しかも今は、その型があることで苦しんでいる人も多い。
これがいわゆるジェンダーの問題ではないかな。

男なら強くあれ、折れるな、頼るな。
みたいな。
それを外すと「男として減点」される空気が、まだ残っている。

女性も同様に、テンプレに合わなければ容赦無く減点される。

だから私は、あのランチの会話が冗談で済まなかった。

私自身、誰かと比べられたり、競争させられてきた子供時代を自覚していたけれど、実はそれだけでなく、親も子も知らぬ間に、見えない敵とも戦わせられてきたのだと気がついたから。

愛ゆえに

とはいえ、親が言う「男の子らしく」「女の子らしく」には、子を守りたい気持ちが入っているのだとは思う。

周囲から浮かないでほしい。
いじられないでほしい。
損をしないでほしい。
生きやすくあってほしい。

だから、型に寄せたくなる。
この社会で無事にやっていけるように、と願う。

でも子どもの側では、別の意味になりやすい。

そのままの自分は、足りない。
今のままではダメ。

こんなふうに聞こえてしまうことがある。

やさしい男の子は、やさしさを引っ込める。
活発な女の子は、活発さを「出しすぎない」練習をする。

子供達は当然、自分の一部を削って合わせる方向へ進むしかないよね。

私はそれがいちばん気になる。
良い子に見えるほど、本人の内側が見えなくなるんじゃない?

ありのままでいい

この記事で言いたいのは、男らしい/女らしいを禁止しようということじゃない。

男の子なのに女の子みたい。
女の子なのに男の子みたい。

その、何が問題なの?
問題なくない?

と、多くの人に気がついて欲しいということ。
もちろん自分も不用意にこの言葉を使わないようにしなければと自戒した。

人と違うことをもっと周囲も楽しんで欲しいし、
本人も周囲とずれていても気にしないで欲しいと願う。
むしろ違いを誇ったり楽しんだりできるようになったらいいのにな。

親の善意も、場のノリも、社会の空気も。
その全部の中で、本人だけが苦しくならないように。

性別の型に引っぱられず、まっすぐ生きてほしい。
そのために私は、性別より先に「その子」を見る言葉を選びたい。

今日の記事はここまで。
ちなみに、この記事の延長で書きたいことがあるので次の記事もぜひ読んでみてくださいね❣️

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さくまさちこ

職人一家で生まれ育ち、自然と建築業界に身を置くようになってはや30年。
宅地建物取引士
賃貸不動産経営管理士
2級建築士
既存住宅状況調査技術者
住環境福祉コーディネーター2級
競売不動産取扱主任者
ヨガインストラクター
3つの国家資格と、その他の資格をいくつか持ち、 不動産に関する総合的な知識と経験を活かして、 お客様のお家のお困りごとをお伺いして、 資産を守るお手伝いをしています。

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